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浜井浩一/芹沢一也『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』

本書は、「マスコミの報道手法」が主たる原因で生み出された「治安悪化神話」を批判。各種統計などの正しい見方と解読法を提示した上、実際には凶悪犯罪は減っているとし、短絡的な厳罰化と監視強化をしようとする社会の動きに牽制を入れるというものだ。

細かい点で納得がいかない点も多々ある。
しかし、本全体としては共著という形であるにもかかわらずよくまとまっている。完成度が高い本である。これは、編集者がいい仕事をしたといってもよいだろう。

以下、各章ごとに見ていく。

まず、「1章 犯罪統計はどのように読むべきか(浜井)」では、近年の「犯罪の増加・検挙率の低下」が大きく報道されていることに対して、犯罪統計の見方の誤り、またマスコミの報道手法(レトリック)などを具体的に紹介し、実際には犯罪は減っているということを示す。

マスコミは、特異な劇場型犯罪だけをピックアップして、「子どもの規範意識の低下」「ネット社会が作り出した心の闇」などと大騒ぎ。それを見た大衆は、当然危機感を膨らませるわけだ。

本書では触れられていないが、都合のよいところだけ紹介する「フレームアップ」と呼ばれるトリミング手法は、マスコミが好んで使う手法である(特に某新聞社)。こういうことが、頻繁に行われていることは、知っておいたほうがよいだろう。

「2章 凶悪犯罪の語られ方(芹沢)」では、宮崎事件から佐世保事件まで、マスコミの報道、また知識人(犯罪心理学・社会学)の言説、そして大衆の受け取りかたの変遷を紹介している。
なかなかよくまとまっていて、なかなか面白い。

ただこの章は、社会学的考察というものを暗に批判しているように感じる。しかし、この章自体が、社会学的考察になっているという矛盾を忘れてはならないだろう。

「3章 地域防犯活動の行き着く先(芹沢)」について。
前章では、メディアや論客の玩具となった宮崎勤の「さめない夢の時代」から、理解不能な怪物たちが跋扈し、人々の危機意識(セキュリティ意識)が高まる「醒めない悪夢の時代」への変遷が述べられた。その住民の危機意識(セキュリティ意識)の増大が、何を生み出すかについて、本章は紹介している。

危機意識を持った人々は、「地域コミュニティの空洞化」が犯罪発生の一因になっていると解釈し、地域ぐるみで(特に)子どもを守ろうという活動に精を出す。
しかし、その地域ぐるみの活動のあり方が、「誰もが不審者(本書の副題)」「他人を見たら不審者と思え」という考えにつながり、最終的に、P184「生活時間帯が多くの人とは異なる職種の人間、失業者やホームレス、精神障害者や知的障害者、在日外国人など、普通の人とは異なる生活リズムやスタイルを持つ人びと、結局はこうした者が不審者として見なされるのだ」とある。
ま、要するに、これがいいたいわけだ。
しかし、それは仕方のないことであろう、と私は思うが。

そして、最終章「4章 厳罰化がつくり出した刑務所の現実(浜井)」では、法務教官として経験から、刑務所の実態を紹介する。それは、山本譲司『累犯障害者 獄の中の不条理』でも紹介されていたものと同じだった。つまり、刑務所の中は、老人、障害者、外国人だらけというものだ。これは、前章と見事にリンクしており、共著なのにうまいなあ、と思わせるところである。

統計上の犯罪の増加について、「事なかれ主義コンプライアンス」の蔓延がその一因であるという点は、納得である。

そして最終的に、この国の社会のあり方を疑問視、「美しい国」とは何なのか?ということで締めくくっている。

この本の主張に賛否あるだろうが、現実を正しく認識すべき(統計の見方)という点は好ましい。

(以下、その他個人的意見)
■1章P38で危険運転致死傷罪について、浜井は『危険な運転をするということは、「その運転によって人を傷つけても仕方ないという気持ちがどこかにあった」として故意を認定するという、かなり無理のある法解釈である』と述べている。
この文の前後は、犯罪の分類手法が主観的であるというものだ。だから、一例としてこのような一文を持ってきたのはわかる。しかし、私は、危険運転致死傷が無理のある法解釈とはまったく思わない。この一文には、大いに疑問を感じた。

■2章で「犯罪被害者が注目されなかった」というあたりは、やや説明不足であろう(誤解を招く)。猟奇的な殺人事件の被害者や被害者が美人であったりする場合は、興味本位で被害者のプライバシーが残酷なまでに報道されているではないか。マスコミによる二次被害である。もちろん、報道されなかった場合も多い。それは、単に腫れ物にさわらないようにしていたのかもしれない。
※芹沢は、「注目されなかった」という言い方をしている。P119で朝日新聞記者が「被害者にも眼を向けるべきであると気づいた」とあるため、「注目されなかった」とは、単に「被害者は報道の対象として考えてなかった」と捉えるのが適切と考えざるを得ない。
この章では、「犯罪被害者の立ち上がり(運動)」に、特化しているからだろうが。そのあたり気に入らない

■4章P227に、『元裁判官や元検事を含む、多くのコメンテーターと言われる人たちが平気で「無期刑といえども十五年程度で仮釈放」と発言するのを聞くことがある……(略)……二〇〇五年の仮釈放者は三人で、三人の平均所在期間は二十年を超えている点……(略)……無期刑の仮釈放はよほどの事情がないかぎり認められない』とある。
この手のやりとりはよくネット上でも見かけるものだ。浜井の言うとおり、実際にはほとんど仮釈放というのはないのが現実だろう。しかし、死刑推進派・厳罰化推進派からすれば、人を殺害したような人物が10年から15年程度で保釈される可能性があるということに腹をたたているのだろう。このあたり、浜井はわかっているのか?と思う。

犯罪不安社会 誰もが「不審者」?
犯罪不安社会 誰もが「不審者」? 浜井 浩一 芹沢 一也

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